2011年5月30日月曜日

はっぱふみふみ(2)

「・・・はっぱふみふみ」の前の句は どんなだっけ?と
ネットで検索したら、でるわでるわ。

でも ちょっと 勘違いしてた。
この「はっぱふみふみ」は、 本体が短くて作ってあって、キャップを
お尻側にさして使うものだ。1969年というから、アポロ、東大紛争の頃だ。
ということは 高校3年。

中学3年のころは、うん 思いだした。
キャップのないやつだ。 ノック式ってやつ。


ま どうでもいいことなんだけど。

はっぱふみふみ

さきの連休には、長野県松本市の 浅間温泉にて行ってきました。

家族総出です。

離れて住んでいる子供たちも集合。

そうなんです、実は、 アタクシの 還暦祝いごとを やったので
あります。

そんとき 子供たちからのプレゼントがこれでした。



意外なものでありまして、嬉しかったです。

思えば、中学校の3年ごろだったか、 大橋巨泉のコマーシャル、
「はっぱふみふみ」セーラーミニ以来ですなぁ。万年筆は。

あは、こんなの知ってるの、50台後半でしょうねえ。

2011年5月23日月曜日

月刊社労士5月号(会長選)

月刊社労士5月号が届きました。

兄ちゃんのコトばかりじゃなく、おいらのことも読んで何か言ってよ、と
三代将軍源実朝クンの声が聞こえそうですが、

本日は、連合会長選話題。


今月号には、立候補したおふた方の所信が掲載されています。

が、
よく わからんですね。

この2文書でもって、当日選挙しなければならない各県会の会長さん方の
苦労が偲ばれます、、、、、というのはウソです。

たぶん この所信内容を基にして 決定はしないでしょう。
せいぜい、文書がちゃんとかけてるか、とか、しゃべりかたは、ヨソへだして
恥ずかしくないか、、こんなところでしょう。

で、 それで (選び方が)まずいか、というと sr-jinjinは それで 結構だと思います。

少なくとも、 社会保障の後退に対し一家言もってるかどうか、なんてことを
判断の材料に これっぽちもする必要はない。


どうせ お考えを聞くのであれば、次のことをお二人に聞いてみたいなあ。

(1)同じく 今月号に投稿された、震災被災者への社労士会の対応という
考え方に対して どのように思われるか聞いてみたい。
投稿者のお考えは、sr-jinjinにとっては、対極にあるもの、到底受け入れられる
ものではないのですが、会長立候補者はどのようにお考えになるか。

(2)前々号(3月)のこれまた投稿ですが、熊本会会員の方が、
労働行政の地方移管に反対し、「もう一歩踏み込む必要」を感じて、
街頭に出て訴えたことが掲載されていました。
sr-jinjinにとりましては、この熊本会の方がおっしゃるところの、
「労働行政の地方移管は、国民の権利擁護の観点から看過できません」
というような御主張は、これまた 対極にあるお考えでありまして、とうてい
ついていけません。
立候補者おふたりは、どのようにお考えなのでしょうか、おたずねしてみたい。

とりあへず、こんなところで。

2011年5月14日土曜日

修禅寺物語(2)

ここに あります。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000082/files/1312_23045.html

啖呵をきってるというほどではないが、
夜叉王の台詞にこんな場面があります。

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夜叉王 その期日は申し上げられませぬ。左に鑿をもち、右に槌を持てば、
面はたやすく成るものと
思し召すか。家をつくり、塔を組む、番匠(ばんしょう)なんどとは事変りて、
これは生(しょう)なき粗木(あらき)を削り、男、女、
天人、夜叉、羅刹(らせつ)、ありとあらゆる善悪邪正のたましいを打ち込む
面作師。五体にみなぎる精力(せいりき)が、両の腕(かいな)におのずから
湊(あつ)まる時、わがたましいは流るるごとく彼に通いて、はじめて面も作
られまする。
ただしその時は半月の後か、一月の後か、あるいは一年二年の後か。われながら
確(しか)とはわかりませぬ。
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ウチのやつに、
「おい、ここ いいだろ。胸がスカッとする。
社労士の 就業規則作成業務に相通づるところ あるやろ?」
・・と言ったら、

「バッカじゃないの。
早く仕上げて、集金してきて!」
だってサ。

2011年5月12日木曜日

修禅寺物語

アマゾン」が 古本屋さんにもリンクしているとは。

これは 便利です。
すでに 絶版となった本でも手に入る。
まあ たまに 値段のはるときがあるが でも便利さの枠内だ。
古本屋から、宅急便にて直接届く。

今回、手に入れたのは、これ。











ハーバート・ノーマンが、投身自殺する直前に 見た映画が
「修禅寺物語」だというのだ。
正確には、「運命の仮面 原題修禅寺物語」というらしい。

自死は、昭和32年、エジプトでの出来事。

末尾の「解題」によると、松竹が35周年記念で映画化し、昭和30年7月
に封切りとあるので、これを見たのですねえ。

で、どんな映画なの?ということでアマゾンさんに お世話になったという
次第。

この小説は、それ以前に書き上げた原本戯曲での筋立て中に、
作者自身が入り込んだという作り方がされていました。


ん?そんで、自殺の真相が 分かったかって?

いえいえ、とてもとても。

死相が出ていたという仮面とか
死を運命づけられた源頼家とか
面つくり師の娘、桂の 臨終時の 顔、とか、、,,

キーワードとなりそうなところは いっぱいありそうだが、
果たして、どこが 引き金になったのでしょうか。


それよりも、伊豆の夜叉王が作る面を、社労士がなせる就業規則
と読んでみたいところがあったりしますです、はい。

2011年5月11日水曜日

決め手は顔写真

とある方の書評に、「女性の目線・・・」というものがあった。

とかく 「目線」という言葉には 最近、、過剰に反応する(笑)

早速に、近くの書店へ。

中を眺めようと、開いたら 表紙の折り返しに 著者の写真が。

おっ、これは 買い!

と 速攻決め。

近くには 勝間和代さんのご本があったが 手が伸びなかった・・・。

ということで、これ。








18個の潜入先がルポされてましたが、 日本人と結婚された障害者の
方への取材、これなどは、読んでて ほっ としますな。

 よろしかったら どうぞ。

2011年5月10日火曜日

東京会報4月号

東京会報4月号。

前後したが 今回4月号を取り上げる。

去る2月22日に開催された「特別研修会」にて かの安西弁護士の講演が
あったようだ。
講演内容が報告されているが、2点ほど目を引いた。

ひとつ。
社労士が業務とする従来の事務代行・事務代理と紛争解決手続における
当事者代理は 「根本的に異なる」と強調されたそうだ。

すでに、特定社労士の能力担保措置を講じられその試験に合格した者に
とっては、自明のことと思われる事柄であるが、いまなお「強調」されなく
てはなりませんかねえ、、、、ということだ。
 クダンの講演会は、 特定社労士の「積極的活用と職域拡大を目指し」
て計画されたものだから、おそらく 聴衆は特定社労士サンが大半であった
ろう。
繰り返すが、このようなところ且つ東京という先進地域で、なにゆえ
 「強調」されねばならんのか。

「強調」自体が、社労士(会)の現状を物語っているのだろう。
社労士(会)よ!自らに恥じ入るべし、という安西弁護士の苦言と見るのは穿ち
すぎか。


さらに2つ目。倫理研修を2つに分けたら、との安西弁護士の私見が披露された
ようだ。
2つとは、従来業務に係る分野での倫理と、法律事務を行う当事者代理業務での
倫理という意味だ。
 これも、氏の苦言といえば苦言か。

そもそも、司法制度改革へのエントリー、隣接法律専門職としての認知をうける
関係上から、苦情処理機関の設置とともに義務化した倫理研修が云々されたわけだ。
つまり、 当事者代理業務というものは、士と当事者との間で完結してしまい、
その二者間から外にもれ出ることがない世界だ。しかも、当事者には なんらか
の 権利・義務が発生・移転若しくは消滅する。(従来の 事実行為たる業務は、
必ず 最後に 官の目に触れることとなる)

専門をカサに、国民に対して不利益(権利義務の発生消滅等)をこうむらせること
があってはならないし、 その予防たる措置や、社労士会サン、あなたがたはもって
らっしゃるの?自治権もってらっしゃるの?
・・ということが 倫理研修のスタートだ。

ところが、実際に行われている 倫理研修たるや、 かのテキストをみるとわかるよ
うに、必ずしも、所期の目的にそったものといえるようなものでない。

おそらく 氏の苦言は こんなところか。


少し、連合会側にも 肩入れすると・・・

この義務倫理研修 は 社労士すべてが
 特定社労士になっていることを 想定した制度であった。
(先の事情から ご理解いただけるかと思うが)

ところが、 今なお、特定有資格者は、 10,000人程度と聞く。
なお3分の2は 非特定社労士だ。

このような状況で、 司法制度改革の意にそう倫理研修を 設営しても
「反対」コールが目に見えている。
だって、関係ない会員の方が多いんだもん。

一方では、会として 倫理研修に取り組んでいる。一方では 参加した全員が 満足
する内容でなければならない、、
とそんな事情から 連合会では、あのような 煮えきらぬテキストを作らざるを得なかった。

・・・・・
東京会報4月号を読みまして、こんなことを思いましたです、はい。

なおったか?

[設定]-->[基本]の中の[グローバル設定]の項 
[投稿エディタを選択]-->以前のエディタ をチェック。

こうしたら 書き込めるようにはなった。

で、 次は 投稿できるかどうかだが・・・・

2011年5月8日日曜日

東京会報5月号

1ヶ月も休んでしもうた。


東京会の会報5月号を眺めていたら、
3月8日の正副会長会で 綱紀委員会からの答申を検討し、
「差し戻し」た、とあった。

そして、綱紀委員会の欄を見ると、3月31日開催し、正副会長会
で差し戻された諮問事項について再検討した、とある。


ふむ。



しかし、待てよ。

綱紀委員会に諮問するのって、会長だよね?
会長が「差し戻し」をするのなら まだしも、なぜ、正副会長会が
そんなことを決定できるんじゃ?

そもそも、 答申に対し「差し戻し」とは どういうことじゃい。 
不備であったにしてもそれ自体が答申でしょうに。


それは、次のステップたる理事会での処分審議へ移行できない
というだけであって、「差し戻し」するというようなものではない。

どうした 東京会。



ここからは 憶測。
何があったかしらないが、

たぶん、
きちんと 諮問してないのじゃあないか、東京会の会長サン。

これまでも 何度か言ってるが、 諮問は、
(1)だれだれを
(2)何々のかどにより
(3)かくかくしかじかの処分に付したい。
この3つを 揃えて(会長の独占権限)すべきもの。

おそらく (臆病な民主主義者は) これをしないで、 

(1)だれだれが
(2)何々のワルいことをした
どのような処分が適当か審議してくれ、、、

とやったんじゃあないか。

ところが、 綱紀委員会は、正当にも (1)と(2)だけやって 
諮問者にとって肝心の 適当な処分について言及せずじまい・・・・

それを 怒った正副会長会が 突っ返した・・・

・・・・ってとこじゃあ ねえのか?

あはあ、憶測ですから、 違ってたら お笑いくだされ。

  来月号に また 報告あるでしょう。
楽しみに待つこととしよう。